「ちはやふる」をもっと楽しむ 登場順に和歌解説【ほととぎす】

漫画「ちはやふる」をもっと楽しみたい方へ!

登場順に和歌を解説するシリーズ、三首目は「ほととぎす」です。

ほととぎすって名前はよく聞くけどどんな鳥かご存知ですか?

私はホーホケキョと鳴くことしか知りませんでしたw

ほととぎすは夏の訪れを知らせる鳥として平安時代の人々からは愛されていました。

そのほととぎすの初音(季節に初めてなく声)を聞くことがブームだったみたいですよ。

今とは違ってのどかな情景が浮かびますよね。

そんなのどかな歌が「ちはやふる」ではどんなシーンで使われているのか、早速見ていきましょう。

1.「ちはやふる」での登場

登場:1巻

小学生の千早、新、太一が3人でヒョロくん達と源平戦を行った時に最初に読まれた札です。

千早が担当の一字決まりだったはずなのに新があっさりととってしまう。

その後何がチームだコノヤロウと千早と太一が燃えるシーンです。

2.歌の意味

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる

読み:ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる

意味:ほととぎすが鳴いている方を見渡した所ただ有明の月だけが残っている

作者:後徳大寺左大臣

3.千早と太一の夏が始まる!?

この歌については、「ちはやふる」でのシーンとかなり差があるように思えました。

私は本家の夏の始まりを千早と太一が燃える熱さ=夏と重ね合わせて解釈しました。

本家の歌は夏の始まりを告げるほととぎすを徹夜して楽しみに待っていた。

明け方ほととぎすの声がしたのでそちらを向いてみると、そこにはもう姿がない。

残念な気持ちとそれでもまあいいかと、初音の余韻を感じている様子。

「ちはやふる」では新はチームといいながら味方ですら倒してでも相手も倒すといったようなシーン。

その新の態度に千早と太一が熱くなる=夏が来る。

つまりここでは新がほととぎすで夏の訪れを告げているのだと考えました。

歌本来の意味は?

歌本来の意味では、作者が徹夜してほととぎすが鳴くのを明け方まで待っていた。

ほととぎすが鳴いた方を見てみると、そこにはもうほととぎすの姿はなく、有明の月だけが残っていた。

ほととぎすの声の余韻を感じながら、姿を見られなかった残念さも悪くはないなあ。と感じていると思います。

「ちはやふる」での解釈

「ちはやふる」では、新が一字決まりは千早の担当だと渡していたにもかかわらず、新があっさりととってしまう。

それをみて千早と太一がチーム全く信用してねー!なんなら新VS千早・太一になるくらいの勢いでしたよね。

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば

これはまさに千早が【ほととぎす】が読まれてあたり札の方を見た。という解釈でしょう。

ただ有明の 月ぞ残れる

重要なのは下句で、

取られてしまった札、あるいは取られてしまった後の空間だけが残っている。

そういう意味でしょう。

本家のようなのどかさとは真反対!

本家の【ほととぎす】は見れなくて残念だけど、その鳴き声の余韻を楽しみながら逃げてしまったことも悪くはないなあと感じでいます。

「ちはやふる」は余韻に悔しさを重ねています。逃げてしまった札、次は必ず自分が取るぞと燃え始めているんです。

ちょっと戻ってみて下さい。

ほととぎすは夏の訪れを知らせる鳥でしたね?

千早と太一の新には絶対負けないという燃え始めている熱さ、これは四季の夏と同じく、自然と勝手に湧き上がる感情になっていますよね。

そこに対して、ほととぎすは夏の訪れを知らせるという部分を新の取ったほととぎすが千早と太一を熱くなる始まり。

そう解釈すると、自然な流れな気がしますね。

4.最後に

この歌に関しては正直、「ちはやふる」に重ねて解釈するのは難しい歌だなと思いました。

もしかしたらここは一字決まりだというだけで、意味なく【ほととぎす】を選んでいるのかも知れないですね。

ただ自分なりの解釈を加えると、夏の始まりと千早・太一が燃えている=熱い=夏で関係性があるとも言えると思います。

もしあなたなりの解釈がありましたら、コメントにて是非私にも教えて下さい!

次回は、【君がため】です。

それでは!