千と千尋の神隠しの謎を解明【これまでの100倍楽しめます。前編】

  • 2020年6月22日
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千と千尋の神隠しが6/26(金)から再上映決定しましたね!

私はジブリ作品の中で2番目に好きな作品です!(ちなみに1位は魔女の宅急便)

千と千尋で好きなキャラはリンです。

千と千尋は面白いという方多いと思いますが、

面白いんだけど何が面白いかわかっていない方
千と千尋の謎を放置したまま見た気になっている方
結局この話の中でここ触れてなくない?の謎が気になる方

が多いと思います。私もそのうちの1人でした。

本記事では、千と千尋の謎を解明しつつ、1回見ただけでは気づかないより深く味わうための情報を紹介します。

これを見た後、映画館に行って見てみてください。

きっと今までに見た千と千尋とは全く違った世界が見えると思います。

1.千と千尋のテーマは「自己犠牲による他人の幸せ」

宮崎駿が千と千尋で主張したかったテーマって考えたことありますか?

私は正直伝えたいことなんてないだろう、面白い作品作ってるだけだろうと思い込んでいました。

ですが、そこは世界の宮崎駿、きちんとテーマを決めて作品を作っています。

千と千尋のテーマは自己犠牲による他人の幸せがテーマです。

ちなみにこのテーマは宮沢賢治の銀河鉄道の夜に基づいていると宮崎駿自身が言っています。

自己犠牲なんてどこにでてきた?

自己犠牲なんてどこかにでてきたっけ?
普通にただ見ているだけでは全く気づきません。
私も初めて聞いた時はなんだそれ?と思いました。
これって千尋の成長の話じゃないの?
そう思っている方が多いのではないでしょうか。
ざっくりと4つあります。
それってどこが自己犠牲?と思うこともありますが、後半できちんと説明するので
ここでは単純にこういうシーンからテーマを演出しているんだ程度に思っておいてください。
・川でハクに助けられた千尋

・海原電鉄に乗って銭婆のところに行った千尋

・銭婆のところに残ったカオナシ

・ぞっとする最後のシーン

これらの自己犠牲によって誰が幸せになったのか、どこが自己犠牲なのか。詳しくは以下で説明します!

2.湯婆婆は最高の経営者?

湯婆婆ってみんな嫌いじゃないですか?

わかりますよ!
だってみんなに労働させて、何かわからないつらそうな仕事をハクにもさせるし、名前を奪って支配しているし・・・。

映画を見たら湯婆婆の嫌なところばっかり目につくんですよね。

でも現実世界で考えましょう。

湯婆婆は最高の経営者、最高の上司に思えるかも知れませんよ?

その理由を説明しますね。

とにかく部下を大事にして愛する

湯婆婆って部下をものすごく大事にするんです。

描写がわかりにくいので、いじわるばあさんというイメージが強いですが、
ハクがやめるのを許さないのも千尋が帰ろうとしているのを許さないのも部下への愛ゆえなんです。

なんでそんなことがわかるのか。

どんな人にも働きたいといえば仕事を与える。
新人に対しても優劣をつけず、手柄があれば全力で褒める。
理不尽な客に対しては部下に変わって自ら撃退する。
部下の機転による行動は全部許す。
こんな上司や経営者みたことあります?
現代社会では働きたいと言っても働けない。
新人に対して俺が先輩だとマウントを取り、手柄があれば全部自分のもの。
理不尽な客は面倒だから新人のお前が対応しろ。
俺が言ってないのに勝手なことするんじゃねえ!
すべての会社がそうとは言いませんが、普通に多くの会社はだいたいこんな感じでしょう。
そう考えたら湯婆婆って最高の経営者・上司に見えませんか?
油屋で働いている部下は文句も言いながらも湯婆婆のこういうところが好きで働いているんだと思います。

休みも勤務時間も自由、福利厚生も完備のホワイト企業

油屋は勤務時間は自由で休みだって自由なんです。

いるかいないかはタイムカードなんかではなく札をひっくり返すだけで
厳しく監視されているわけではないんですね。

制服も支給され、食事付き、住居完備、完璧ですよね。

銭婆は奴隷契約に対し湯婆婆は自由契約

これは明確に描かれているシーンはありませんが、

湯婆婆の場合

最終的に千尋が辞めれた、その後ハクも弟子をやめると言っている点
名前さえ忘れなければいつでも辞めれるような描写になっていますよね。
湯婆婆は自分の可愛い部下がいなくなることは嫌ですが、労働することを縛っているようには見えません。

銭婆の場合

逆に銭婆はハクがもっていった判子、これを使って奴隷的に辞めれない契約になっているように見えます。

ハクも無理やりあの判子のせいで銭婆に働かされ、それをやめるために判子を奪っていったんだと思います。

3.ハクについて

まずはハクについて自己犠牲の謎を解明していきますね。

驚きの結論からいきますね。

ハクは千尋のお兄さんです。

ええええええええええええ!!!!!!!!!

って感じですよね。

ハクは千尋のお兄さんで、幼い頃千尋が川で溺れそうになっていたのを助けてその代わりにハクが死んでしまったんです。

つまりテーマの「自己犠牲による他人の幸せ」なわけです。

なぜそれがわかるのか
それがわかる理由も考察と具体的に絵で語られている部分を使って解説します。

ハクが千尋のお兄さんである根拠

ハクが千尋のお兄さん(あるいは兄弟)である理由がわかる描写、セリフが3つあります。

1つ目、ハクのセリフ「そなたを小さい頃から知っている」

この映画の中ではハクはコハク川という川なんだよと思わせるように作ってあります。

そうであればおかしい点があります。

千尋と会ったときにハクが自分の名前は思い出せないが、千尋の名前は忘れずに覚えていると言いました。

川が知っているのは所詮千尋が川に落ちて覚えれそうになった時くらいでしょう。

幼いであれば理解できますが、幼い頃からですからこんな部分でニアミスはありえないでしょう。

しかも幼い頃って子供だけで川遊びできないですよね。

そう考えてもおかしいです。

2つ目、釜爺の「愛じゃよ」

実はジブリって恋愛感情の愛って言葉として表現したことは1回もありません。

それなのに千と千尋だけ特別に恋愛感情を言葉で表すでしょうか?

ここの釜爺の愛は兄弟愛、家族愛のことを言っているのではないかと気づきます。

3つ目、お母さんが終始千尋に冷たい

千と千尋を見た方なら必ずわかるでしょう。

誰が見ても千尋のお母さんが最初から最後まで冷たい。

最大の謎と言っても良いでしょう。分かりようがありません。

これがなぜかと考えたときに、千尋のせいではないとわかっているが、千尋を助けたせいでお兄さんのハクは死んでしまった。

その現実にまだ完全に向き合えていないから、無意識のうちに千尋と向き合うことを避けてしまっています。

他の理由と合わせて考えてみても、これ以上にお母さんが千尋に冷たい理由が出てきません。

仲が悪い親子なんだろう、などというざっくりとした理由で宮崎駿が作るはずありませんから。

ハクの自己犠牲が千尋を生かし、神様になる

ハクが溺れそうになっていた千尋を助け、ハクが変わりに死んでしまった。

千尋はこう言っています。
「小さい頃だから覚えていなくて、お母さんから聞いた話なんだけど」

かなり曖昧に表現しています。

セリフとシーンだけ見ると、コハク川が靴を拾いやすくしてくれたんだ。
と見ることができますが、やはり妙です。

靴を拾いやすくしてくれた程度でハクは千尋の幼いときから知っているほどの強烈な記憶に残るでしょうか。

それ以上の理由があると考えるのが自然かなあと私は思っています。

超具体的なハクが千尋を助けた瞬間

さあここまでは妄想、空想でそれはあなたの考えでしょう?そう思いましたね?

完璧な千尋が靴を拾おうとしたわけではない描写があります。

映画では後半の川の流れに手を伸ばすシーンがあります。

そこで伸びている手、川に落ちている千尋に着目してください。

川の中にいる千尋は服を着ていません。

川の流れに伸ばしている手はTシャツを着ています。

つまり同一人物ではないという描写をになっています。

加えて、川の流れの水しぶきが靴が落ちたようなレベルじゃありません。

人が落ちたんじゃないかくらいの水しぶきが上がっています。

伸ばしている手はハク、落ちたのは千尋の構図がすごくわかりにくく描かれています。

実際に映画館で見てみてください。必ず違和感があります。

まとめ

ハクは千尋のお兄さんである。
その理由は

・ハクが小さい頃から知っているといったこと
・これまでのジブリ作品にはない「愛」の言語化
・お母さんが千尋に冷たい
・川の流れの描写が千尋1人での出来事だとは説明できない描写になっていること
絵の描写については映画館でしか味わえないので、見逃さないようにじっくり見てみてください。
一旦ここまでとします。
次回は
カオナシが銭婆のところに残った理由
ハクと分かれて後ろを振り返っていたらどうなっていたのか
番外編としてぞっとする映画が終わったあとの最終シーン
この3つを解説したいと思います。
私の調べた解釈が全てではありません。あくまで解釈の1つです。
あなたの考える解釈があれば、是非私に教えてください。
それでは!